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●【あいこは私の食べ物−答えてくれるあいこ】
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私はは自分の生後6ヶ月の頃、母乳を取られ、切り捨てられた傷から、「自分の食べ物、あいこは絶対渡さない」という無意識があったのです。それにあいこが身体を張ってアトピーとして応えてくれたのです。自分の食べ物を取られた私は、自分の作った食べ物を食べなければ生きていけない事を無意識に望んでいたのです。
まさにアトピーは私の無意識にあいこが身体を張って応えてくれた愛の証なのです。
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| ●【自分を殺して生きるあいこ】
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あいこが私の傷をも理解し、自分を受け入れて貰えるように、自分を殺して生きて
いたのです。 これが分ると、親が子どもを思うより、子どもが親を思う気持の方が強いように思 いますが、それも子どもが生きて行くための手段なのです。産まれ来る命はどこまでも強く逞しいものでした。
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| ●【取られたから、あげたくない】
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ベビー ブレスを始めてから薄々、感じ始めた事がありました。
あいこはアトピーで食べ物を自由に食べれないという事もあるが、自由に食べさせたくない自分がいる事を。薄々感じているそれこそ、真実でした。食べ物(母乳)を取られ、食べられなかったから、取られたくない私
は、食べ物を自由に食べさせたくないし、あげたくなかったのです。
子どもを産んで、母になっても、私の中の子どもは傷ついたままだったのです。 私の母乳を取られた恨み、母に切り捨てられた悲しみ、祖母になついた事で私に向かった母の憎悪、母自身がもつ憎悪、それら全ての傷の中で私は生きたのですから、その傷をあいこがそのまま引き受けた事になります。
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| ●【分らない事が一番怖い事】
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でもそれをも理解し子どもは産まれてくるのです。私は今迄自分の傷がどこにあるのか分らず、結局母と同じような事が起こり、子どもには私と同じ傷をつけていたのです。分らない事が一番怖い事でした。
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| ●【世代間伝達】 |
私があいこをアトピーにしました。でもそのルーツを探すと、私だけのせいでも母親のせいでもありません。本当は誰のせいでもないのです。
ただ、誰かがその世代間伝達に気づき、それを修正しなければ、これは代々毒の世代間伝達として、受け継がれるのです。これが、ベビーブレスをして5年(約10回)で気づいたアトピーの理由です。
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| ●【上流側の世代間伝達】
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母親の言う通り、「母乳をあげたかったのにあげられなかった」としたら、私はそんなに傷ついたとは思えません。何故母は乳腺炎になり、母乳をあげたくなかったのか。母方の祖父母を探ってみます。
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| ●【母性を感じなかった祖父母】
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私の母方の祖母は、8人きょうだいの長女で6歳の頃、養女に出された、「捨てら
れた子」です。祖母は捨てられた事で傷つき、その反動で「私は子どもを捨てたくな い」と生きました。 母方の祖父は2歳の頃、家族でブラジルに移民として渡りました。5人きょうだ
いの末っ子です。祖父の父がブラジルで1年もしないうちに事故でなくなりました。 祖父の母は日本に帰り、女で一つで子ども達を育てました。その時代に1人で子ども
を育てるのは今以上に大変な事でした。祖父の母は子ども達の食いぶちのため、父親 役をして生きました。祖父の父が亡くなったのは祖父が2歳の頃なので、その頃には
すでに母に母性を感じる事は無かったです。
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| ●【祖母が子供(母)を食べ物のように支配した母性】
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このように、母親の母性に触れず生きた祖父と祖母は、同じ傷をもつものどうしで
す。そんな祖父に祖母がしがみついても、寂しさは満たされませんから、祖母は寂し さから、私と同じく、子ども、私の母を、自分の食べ物のように支配し、女性性を
意識下に隠し、母性だけで生きました。他方、祖父の満たされない寂しさは、別に家 庭を作る事で紛らわしたようです。
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| ●【本物でない母性に反発した母】
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祖母の本物でない母性に母は反発し、母性を否定し、意識下に隠して生きまし
た。 そして母乳は母性そのものですから、私が産まれ、母乳を上げる時に、意識下に隠 された母性と意識上の「女として自由に生きたい」が心の中で葛藤として起きたのだ
ろうと思います。それが、乳腺炎という症状として現れたのです。そして姑に言われた事を理 由に、早い時期の断乳を決めたのです。
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●【母の母性否定という憎悪−傷つく私】
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だから本当は母乳を上げたいけど、上げれなかったではなく、「あげたくなかっ
た」のです。 私はその「本当は母乳を上げたくない」=「母性を上げない」とい う、母が認識してない嘘の部分、 隠された憎悪に傷つきました。
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| ●【母の女性性を強調する活き方】 |
ブレスでは母が、女性として生きて行く事で、父や再婚する事で男ばかり見て、私
達に意識が無く、それを幼い私が分かっていて、悲しんでいるという体験をしまし た。 現に母は、私が子どもの頃から「友達のような親子になりたい」と言っていまし
た。それなのに同等に物を言うと「親に向かって言う言葉ではない」などと支離滅裂 な事をよく言っていました。その言葉は「子は親に従え」という祖母の生き方から出
てきた言葉です。私は自分の事が分かってない母に反発しました。
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| ●【母の女性性への反動としての私の母性−祖母と同じ子供への支配】
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そして母の女性性を強調する生き方に嫌悪感をもち、私は、その反動で、母性だけ
で生きてしまったのです。母性だけで生きて子ども達を支配する、祖母とまるで同じ です。捨てられた子どうし、同じ傷から子どもを支配していました。
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| ●【隠された女性性−妊娠中の過去吸】
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私は、母の反動から、女性性を否定しましたが、本来は女性なので、女性としても
生きたかったと思います。だからこそ、妊娠後期の妊婦は母性のかたまりなので、私 の中の隠された女性性と葛藤を起し、妊娠中の過去吸として現れたのだと思います。
身体に出る症状は、私の意識と無意識が、引き裂かれた状態に耐え切れず、沸き起 こってくる自分に対しての一つのメッセージなのです。
そのメッセージに気づいて「何故そうなるのか」をキーワードにして生きていきた い。
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| ●【1世代飛ばして世代間伝達】
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こうやって書くと表面の意識は1世代飛ばして世代間伝達されているのが分かりま
す。私が気おつけないと、私の子どものどちらかが、女性性を強調して生き、子ども を捨ててしまうのではないかと思う位です。でも私の母、祖母、その母もこの事に気
づかず、生きたと思うので、これから、私の子ども達に起きてくる事は、私より少 しは、ましになるかもしれません。
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| ●【分からなかった事が一度に分かってしまった感じ】 |
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これを書き終えて、なんか一つの区切りがついた感じです。分からなかった事が一度
に分かってしまった感じです。5年前の私では書けませんでした。この文章を書くに は先生のカウンセリングなしでは書けませんでした。本当に手取り足取り、手のかか
る娘ですみません。そしてこんな宝物をもてた事を感謝します。ありがとうございました。
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